こちらで更新継続中。【考え方】何はなくとも、描くのが楽しい・好きという気持ちが大事。

【考え方】何はなくとも、描くのが楽しい・好きという気持ちが大事。

絵の具 パレット

最近、描き始めの頃のような熱意が絵に向かない……。

デジ絵のツールやコミュニティの充実により、デジ絵を趣味とする人口はとても多く、それだけにこんな悩みを抱えている人も多いはず。

そんな悩みを、解決する・いくらか和らげる考え方がありますので、ご紹介。

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やはり、楽しくないと!

趣味である以上は、楽しくないと続きません……というか、続けようと思いませんよね?

仕事なら、ある意味ではなおさらです。 こういう系列の仕事は(現状は)やりがい云々よりも、絵が好きで好きでたまらない(絵しかない!)というような人が進む道とも言えます。

熱意が向かなくなったというのは、絵に向かう姿勢に歪みが生じている可能性があります。

同じような悩みを抱えた方がいらっしゃいました。

絵の情熱がなくなりました。 私は絵が大好きで、最近では大学入試に向けて日々デ… – Yahoo!知恵袋

2010年のものですが、年月が経とうとも尽きない悩みの一種だと思います。 質問者は、以下のように述べています。

 絵の情熱がなくなりました。

私は絵が大好きで、最近では大学入試に向けて日々デッサンに励んでいました。

だけど突然、やる気がなくなりました

元々、ちょっと上手なキャラクターの絵が描きたかっただけなのに、いつの間にか芸大だとか筋肉の造りがどうとか、デッサン力とか線の引き方とか、色々大事になっちゃって。

あとどれだけデッサンしても、なんだか日頃の絵に反映されない。
しかも何故か紙に向かうと焦って焦って、満足いく絵なんか描けたもんじゃないんです。

今まではこうやって壁にぶつかると、血を吐く思いで克服してきました。

しかし今回は、なんだか自分の中で嫌な糸がブツンと切れたみたいに、上手くなろう!という気が完全に消え去りました。

本当にこんな気持ちになったのは、昨日突然になんです。

数日前までは、今と逆の気持ちだったと言っても間違っていません。

なんだか自分が分かりません。

絵に触れた方で、このような事を経験した方はいますか?

助けて下さい。

“助けてください”が悲痛ですね……。

この方は、手段と目的が入れ替わったり、求めていたものとどんどんかけ離れていく現状に揉まれ、すり傷だらけになってしまったのでしょう。 「血を吐く思いで」やってきたほどの人でも、このような状況になってしまうのです。

さてこれから紹介する、そんな彼を救ったベストアンサーは、同じ悩みを持っている人はもちろん、他の趣味でも通用しそうなものになっています。

初心忘るべからず

似たような経験から、美大に進学するのを諦めて一般会社に就職した者です。

恐らく毎日受験の為の練習、練習、続きで、『一枚の絵を仕上げる』という達成感が得られていないのが、ブツンと切れてしまった原因ではないかと思います。
受験を控えてとのことなので、デッサンにしても何にしても、制限時間を設けて描かされてはいませんか?

試験なので、時間内にある程度のものに仕上げることは大切です。
けど、手を動かすことばかりに気を取られると、気持ちが置いてけぼりになってしまいます。
最近、「ヨッシ描き上げたゾー!」って、ガッツポーズしたことありますか?
その絵を、ニコニコしながら見詰めたことありますか?
絵の完成に伴うのは、歓喜だと思うのです。

(略)

revolutionownさんにはもう、血を吐くような思いは沢山したんだから、今度は楽しんで描いて欲しいなぁと思います。
「上手くなりたい!」という気持ちも大事ですが、色や形を楽しんで、好きになって欲しいです。

「デッサンを上手に!」と皆さん言いますが、正直私は『描きたいものがそこにあるように見えればいい』と思います。
丸いものが丸く。
柔らかいものが柔らかそうに。
尖ったものが硬そうで、触ったら痛そうに。

普通のものに飽きたら、漫画やゲームのキャラクターの持ち物を、ひたすらリアルに描いてみるのもアリだと思います。(想像で描き始めても、絶対に実物の影と見比べたくなりますし。)
一時期某有名動物キャラクターを、実物の動物で且つそれらしく描いてみる、なんて挑戦も流行りましたよね。(リアルキ●ィとか、ミッ●ーとか。)

あと、音楽を聴いて、見た事がない情景が脳内にぱああっと浮かんで、それで、「ウワー!描きたいー!!」って思ったりしたこととか、ありませんか??
それで描けた時、嬉しいですよね^^
(予定の仕上がりと、ちょっと違っても・・・)

描きたい気持ちも大事。
そんなことに気付けたのも、ここ数年になってからなのですが。(遅すぎ!)

まずは気持ちを落ち着けて、あなたの周りを見回してみてください。

そこにあなたの好きな色はありますか?

それはどんな色ですか?

その色から、何を連想しますか?

そこに色3つ加えるとしたら、何色を足しますか?

足したものによって、見えてくる風景って全然違いますよね。
それがモノクロなら、濃淡で表す分、色の想像力も膨らみます。
色じゃなくても、形でも物でもいいです。
ゆっくり、好きなものを増やしていってください。
色や形を楽しんでください。

『絵を描く』という行為を、楽しんでください。

妙に感情移入した長文になってしまって申し訳ありません;;
とりあえず入試が近いようなので、即効性のある方法としては、次にデッサンやった時にでも、仕上げに

「ヨッシ、完成ー!!!」

と叫んで(周囲に人がいる時は心の中で/笑)、気持ちに区切りを付けてください。なるべく笑顔で。無理矢理にでも笑顔で。
自分を甘やかしたり、妥協する為ではなく、「これはこれで完成なんだ」と区切る為に。
それで不満や未練が残るなら、次はそこをフォロー出来るように気を掛けてください。

切れた糸が繋がるよう、願っています。

このベストアンサーは、ベストアンサーになるべくして選ばれたものだと思います。

私は元々血を吐くほどの熱意を向けていませんでしたし(そもそも器用貧乏で移り気なため)、彼らほどの大きな壁や絶望を感じたわけではありません。 が、それなりには行き詰まったり苦しいだけの時期なども経験して来ました。

そんな精神的によくない状況を打破できたのは、この回答者さんのような考え方でした。 そして、初心に帰って「なんで絵を描きたい・描こうと思ったのか?」「なんで楽しかったのか?」ということを思い返してみたところ、とてもシンプルな答えが返って来ました。

その答えは各人それぞれ、各人しか知らないもののはずです。

ベストアンサーではないものの、こちらも参考になります。

上手くなる?ことが本来の目的ではないと思う。

絵は言葉などの代わりに、気持ち、感情を形で表現するもの。
つまり中味(感情)がなきゃ、それは上っ面の表現でしかない。

例えば、ドラゴンボールのアニメ、戦闘シーンだけで魅力は
伝わらない。大事ものは作品の根底に流れている哲学。
人の生き方みたいなものが存在している。
これが無ければ意味がない。
描いた絵は無味乾燥なものでしかない。
単なる勝った負けただけのアニメに成り下がってしまう。

貴方が、どの位、絵を続けているのかわからないが、1,2年で
どうにかなるものではない。
焦ってもどうなるものでもない。
まず10年最低やってみることが必要。
揺るぎの無いオリジナル性は、そんなに簡単にでるものじゃない。
それまでは、我慢に我慢して勉強していくしかない。
その途中では、今の貴方の気持ちみたいに、嫌になることあるだろう。
だが、それに打ち勝って続ける!
そうして諦めなければ、いつか満足できるものが出来る。

(後略)

冒頭にて手段と目的の逆転を指摘していますが、先の質問者さんはここに気がついていなかった模様。 そう、手段が目的となっていては、楽しさなんてなくなってしまいます。

辛い時も我慢して続けて、打ち勝つ。 これも正しいですし、上達への常道です。 が、あまりにも辛すぎて、描くのを嫌いになるほどであれば、そこらでやめたほうがいいというのが私の意見です。

そうして続けても大きなステップアップになる可能性はあるものの、辛い修行を続けることが目的と化してしまう可能性もあるからです。 そうなっては、結局自他にとってのいい絵というものは仕上がりません。

上達・数字にとらわれるな

ここまで読んでいただけたのなら、もうなんとなくおわかりかと思いますが、あえて書くならば、「上達や数字にとらわれては楽しいものも楽しくなくなる」ということでしょう。

上達……つまり目的と手段が入れ替わることについては既に書きました。 上達を目標に頑張る時期もあるでしょうが、絵がうまくなりたいから描き始めたという人はそう多くはないはず。 「好きなものを描きたい」「イメージを形にしたい」というものが大半のはずです。

それらをより鮮やかに、正確にするために、うまくなろうとするものなのです。

数字に関しても私は過去にも何度か言及して来ましたが、ここで言う数字はpixivなどでいう閲覧数・ブクマ数・評価のことです。

確かに閲覧数が多ければそれだけ目を引いたのでしょうし、ブックマークが多ければ気に入った・参考になったということでしょうし、評価が高ければそれだけ認められたということでしょう。

しかし、全てのものは目安にはなっても絶対的なものじゃないんです。 投稿時間によって左右され、人脈などで大きく増減するなど、絶対指標とするにはあまりにも信用のおけないものなのです。

これらを気にするのをかならずしも悪いとは言いません。 良い方向にモチベーション転化している人もいますから。

ただ、それらを多くするためだけに絵を描いているのならば、即刻やめたほうがいいと言うでしょう。 モチベーションや目安にすべきものが目的になっていますし、思うように結果が得られなくなった時に、熱意を喪失する理由になりかねません。

「何故・何のために絵を描き始め・描いていたのか」ということを念頭に置きつつ、めいっぱい絵を描くことを楽しみ・愛しましょう。 辛くなったら、それらを思い出して描くことを楽しむことを目的にしましょう。

そうして、熱意を常に燃やし続けていれば、山あり谷ありでも付き合っていける一生の趣味になるはずです。

書いた人はこんな人

壬生狼
壬生狼(みぶろ)と申します。 miburo666/ルプス(Lupus)は概ね同一人物。 ゲーム、音楽、映画/アニメ、イラストなどが趣味。 ここでは音楽や映画/アニメを中心に、趣味関連の記事を書いていきます。
記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。
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『【考え方】何はなくとも、描くのが楽しい・好きという気持ちが大事。』へのコメント

  1. 名前:えびちゃん 投稿日:2013/03/23(土) 13:46:15 ID:9bf19f853

    絵を描く…
    私も子供の頃から好きでしたが、姉の方が美術部等で活躍していたので、デッサンやら面倒なのを見ていたらヤル気が無くなり自分でイラストを書いて満足していました。
    自分の求めている絵は何なんでしょうね?、擬人化した熱帯魚とか人間の体がくっついたバイクとか書いていましたが、某バイク雑誌の懸賞の裏に書いて応募したら…こなの人の脳内スゲーというコメント翌号で載ってましたが…グロかったのかも。
    自分の脳内に浮かんだものをすのまま書き写すって、難しいですね(^o^;)
    私は以前見た壬生さんのイラストは好きですよ~(^-^)/なんというか、書いている気持ちが伝わって来ました( 〃▽〃)

    • 名前:壬生狼 投稿日:2013/03/23(土) 15:44:35 ID:77a677f2e

      >デッサンやら面倒なのを見ていたらヤル気が無くなり
      そうなんですよねぇ、楽器とかも同じで……基礎の部分だけやっててもつまらないし辛いんですよね。
      それよりは絵も楽器も「描きたい」「弾きたい」ものをひたすらがむしゃらにやっていた方が、ガンガン伸びる事が多いんですな~。
      もちろん基礎がどうでもいいわけじゃなく、自己満足でもなんでも基礎あってこそなので、全く無視していいというわけじゃないんですけれどもね。

      >擬人化した熱帯魚とか人間の体がくっついたバイクとか
      グロというか、かなり前衛的なデザインだと思われるので、周りがついてこれなかっただけのようなww
      でも、コメント付きで掲載されるほどに目を引いたのですから、何か、エネルギーを感じるものだったのでしょう!

      簡単そうに思える・思われがちですけど、脳内イメージのディテールとかを見ようとすると急にイメージがぼやけて霞んだりしますしね。
      それがぼやけたり霞まないようになるのも上達なのでしょうが、いやはや、イバラの道ですwww

      ありがとうございます、ちょっと、いやかなり照れます(;´∀`)
      そろそろまた何か描きたいなぁと思う今日このごろです。 イラストに関しては、記事しか書いてないような現状ですので、またリハビリから出直しですwwww

      では今回もコメントありがとうでした!

  2. 名前:random walk 投稿日:2013/03/25(月) 22:18:31 ID:e9c13d3ec

    このエントリ、わたしも最近読んでいました。見たことある内容だなとおもって。私も、この人ほど真剣に取り組んでいないのであまり気軽にはコメントできないのですが、描くのを楽しんだ方がよいと思うのは同感です。ただ、美大を受けようと思うほどだと、ある程度の苦しさは覚悟する必要はありそうです。それがどれほどのものなのかわかりませんが、お遊びで行く大学とは思えないので、やはりプロを目指してということになるのでしょう。そこまで覚悟している人に、気軽に描くのを楽しめばとはいえません。特に私みたいな素人の立場では。同じ経験を共有できる人でないと言えない意見ですね。

    私、一時期、Pixivの閲覧数を気にしていたことがありましたがすぐにやめました。
    あの数字はまず、あてになら無さすぎですね。世間の需要といってしまえばそれまでですが、作者の人脈というか知名度がものを言いますね。あれにこだわっていると、描きたいものが描けなくなると気づいたのでやめました。最近は需要はある程度無視しています。全く無視するならPixivに投稿する意味が無いので、少しは気にしています。投稿する以上は、見てくれる人のことも考えて描くという視点が必要だと思うので、気にはします。でも、自分の描きたいものを曲げるほどには気にしないようにしています。そこは、自分の中で折り合いをつければよいことかなと思います。
     最近はあまり投稿する意欲は無かったりします。それよりも、自分の好きなように描いて、ブログで独りよがりな記事を書いている方が気持ち良いですね。誰も見てくれないかもしれないけど、描くのが楽しいので気にはなりません。イラストを始めた当初は投稿するのも楽しかったのですが、今は描く方が楽しいですね。投稿は気を引き締めるためにやっている感があります。緩みっぱなしだと、やめてしまいそうなので。苦しみを避けていると、大きな喜びが得られないという面もありますので。

    • 名前:壬生狼 投稿日:2013/03/26(火) 12:15:22 ID:934a84c3e

      どうもです!

      確かにおっしゃるとおり、万人に向けた意見とは言えないとは思います。 それこそ、プロ志望・セミプロ……というような人には、また違った答えがあるのかもしれませんし。

      ただ、この質問者さんに限っては、この意見こそ必要だったとも思うのです。 趣味の延長線上とはいえ、お遊びでやっているわけではないのは“血を吐く思いで~”のくだりでもかいま見えますが、ポッキリと心折れてしまうほどの苦痛に耐え続けねばならないのか?と言われるとそうとは思えないんです。

      プロには半端な気持ちではなれず、苦痛や困難も覚悟しなくてはならないというのは同意見です。 しかし趣味というのを超えて仕事でもなんでも、完全に心折れてしまってからでは継続は困難ではないでしょうか。 そこのところで、趣味に端を発した絵・イラストであれば、一度初心に帰ることで再び立ち直れる・立ち直りやすいのではないかと。 ただ、立場云々~というのは頷けます。 私が言うことではないのでしょう、本来は。

      っとここまで書いて、平行線というか、やはり私の意見は甘ちゃん&上空5,000メートルくらいからの上から目線なのかもしれないとも感じました。 意見を一般論として論じるのは難しいし、無理が生じるものですね。

      やはり気になっちゃいますよね!>閲覧数など
      そうですね、数字にだけこだわり・ふりまわされるとろくな事にはなりませんが、random walkさんのように視線を適度に気にするというのは、程よい緊張感やメリハリがあって効果的なんですよね。 random walkさんの場合はもう大丈夫でしょうけれど、未だに数字に囚われて悩んでいる方が多くいるように見受けられるので、書いてみました。

      ブログは自分の家、投稿先は家の外のそれぞれの延長線上みたいな感じですかね。 純粋に描いて、掲載し、語るんであればブログのほうがいいですよね。 良くも悪くも閲覧者との距離がより近いですし。

      そして、緩みっぱなしだと~以下の文章は、私への厳しくもありがたい指摘として受け取っておきます!(我ながらいい加減描かなすぎです) 苦しみを避けてゆるみっぱなしですので本腰入れます、今日から。 もちろん、趣味だから楽しさ第一というのは忘れませんがね!

      ではではコメントありがとうでした~